ジーンズの歴史を簡潔に解説。歴史を知ると履き方も変わる。
1840年代 ゴールドラッシュの始まり
アメリカ・カリフォルニアで起きたゴールド・ラッシュ。
カリフォルニア・ゴールドラッシュは、カリフォルニア州コロマのサッターズミルで金を発見した1848年1月24日に始まりました。このニュースはたちまち広がり、アメリカ内外からおよそ30万人もカリフォルニアに集まることとなりました。
この時期に一攫千金を夢見てアメリカ西海岸に上陸した人たちは、「フォーティーナイナーズ」と呼ばれています。
そんな時代に必要とされたのがワークウエアで、金の採掘作業では激しい労働に耐えうるウエアが求められたのです。
1873年 リーバイ・ストラウスとワークウエア
当時サンフランシスコにて織物の卸売業を営んでいたリーバイ・ストラウスは、分厚い平織のキャンバス地を鉱山労働者に販売していました。
キャンバス地はとても丈夫で、金鉱で働く労働者の体を守る生地として広く使われていました。
また同じタイミングで、ネバダ州でテーラーを営んでいたヤコブ・デイビスの元には、丈夫なワークパンツの制作オファーがあり、ポケットの両端に鋲を留め破れにくくする(リベット留め)という方法を発案しました。
デイビスがそれをリーバイに売り込むことによって、ついに1873年5月20日、リベット補強の特許を取得。
これがジーンズの先駆けであり、当時は「カバーオール」(労働者のパンツの上からカバーのように履いていたことから)と呼ばれていました。

1902年 ”5ポケット”の確立
リベットの特許は1890年に切れ、以降リベットのついたパンツには「501」というロットがつけられるようになりました。
この時期から、後ろポケットは2つになり、フロントの2つポケット・手前右のポケット(ウォッチポケット)と合わせて5つのポケットになりました。
この頃から、リーバイス以外にもジーンズを売る企業は増加し、ワークウエアとしての5ポケットジーンズの需要が高まっていきました。
1920年代 労働着からファッション、カウボーイへの浸透
ワークウエアの一つとして普段から使われていた「カウボーイパンツ」が、ジーンズの発展に一役買うことになります。
当時発展していた映画によく登場していたのが”カウボーイ”。1930年代にはジーンズを着用したカウボーイがしばしば取り上げられるようになりました。
多くの大衆の目に留まると、リーバイスはカウボーイをイメージした広告を展開、Leeは「101カウボーイパンツ」を発売するなど、業界にも動きが見られた。
この頃から、腰回りの詰め具はサスペンダーボタンからベルトループが使用されたり、股が裂けるのを防ぐための「股リベット」など、少しずつディテールの変化もありました。Wranglerのベルトループが少し多いのも、この時期インスパイアを受けたものです。
また、1929年に起こった世界恐慌の影響を受けた牧場主たちは、「デュード・ランチ(DUDE RANCH)」という“牧場観光”を積極的に行います。映画で観たカウボーイたち”への憧れや開拓者たちの精神に対する尊敬などから、たくさんの観光客が訪れ、ジーンズがより一層大衆化するのです。
リーバイスはこの波に乗り、女性用として初のジーンズ701XXも発売しました。
1940年代 戦争とジーンズ
1939年に第二次世界大戦が始まると、全世界で物資統制が始まりました。
ジーンズの製造も例外ではなく、リベットやステッチなど、各所に物資利用制限がされシンプルな作りになります。同時にデザインの統一化も図られ、月桂樹ボタンなど画一化されるように。
特にLeeは、アメリカから正式に軍需品としての衣服製造をオファーされ、このことからいかにデニム生地が丈夫かつ利用されやすい生地であったかを読み取ることができます。

1950年代以降 若者文化・時代を表すアイコン
戦後アメリカは経済大国になり、その文化は世界に簡単に知れ渡るようになります。
ジーンズの普及は、戦後海外に派遣されたアメリカ軍の兵士たち(G.I.)が貢献しました。ジーンズを穿いた兵士を見て、多くの人が真似をしました。
同時に映画文化も大きく発展。かつてのスターの雰囲気とは違い、「ワイルド」「不良」「反抗」などのイメージを持った俳優たちの影響で若者に強く浸透します。
反戦運動やヒッピー文化、カウンターカルチャーなど、新しい活動や反抗活動があるとジーンズは取り上げられるようになりました。